伊織派だし西野派だしモモ派だしマリー派だし千紗希派だ。
男子諸君にとっての聖典
「I's」「いちご100%」「ToLOVEる」「ニセコイ」「ゆらぎ荘の幽奈さん」と、各男性諸君によって週刊少年ジャンプの恋愛漫画の聖典って違いがあると思います。
それって年代が大きく関係していて、あくまで聞いた話にはなりますけど、「I's」世代はそれこそ気軽にネットも出来ない時代だったこともあって、「I's」で滾る激情を発散したなんて話も聞きますし、「ToLOVEる」で女性の身体に興味持ち始めたなんていう話もネットに腐るほど転がってます。
それは複雑化した現代情報社会の荒波を器用に躱し続ける中高生たちも同じで、ぶっちゃけ「ゆらぎ荘の幽奈さん」にはとてもお世話になっているのでしょう。
僕は「I's」「いちご100%」「ToLOVEる」「ニセコイ」「ゆらぎ荘の幽奈さん」と、挙げた作品は全て読んでいますけど、タイトルでも書いてる通り、伊織派だし西野派だしモモ派だしマリー派だし千紗希派です。
共通点は言うまでもないかもしれないけど、いかにも「主人公に振られそう」で、「主人公のことを無条件レベルに好き」という、童貞が好みそうなキャラクターです。
「I's」や「いちご100%」を読んだ時と「ゆらぎ荘の幽奈さん」を読んだ時では十年近く隔たりがあるのに、好きになるヒロインの傾向に変わりが無いってのも笑えますが。
自分の「好きな」ものを語りましょうというだけの話
最近だと「ニセコイ」なんかより「I's」の方が何十倍も良かった。今の子供が可哀想だなんて意見を目にしたりします。
今の子供からすれば、今「エロい!」「かわいい!」と、学友たちと語り合い、頑なに想っているものこそ至高で、自分たちが産まれる前に生まれた作品なんぞ、そもそも新品じゃ売ってないわ、知ったこっちゃないわと、触れる機会にすら恵まれませんし。
結局のところ、中学生なんて一番色んなものに影響を受けやすい時期に読んだ恋愛漫画ってのは、人格形成に一役買ってるんですよね。
根幹を築いたものって簡単には抜けないでしょう、それこそ車のタイヤがボルトでガチガチに固められてるように。
とはいえ、いいものはいい。悪いものは悪い。
そこの審美眼ってのを腐らしては行けない気もする。
いやまぁ思考停止すれば誰でも好きになることは出来るんでしょうけど、創作物に対して論考を重ねた上で愛でることって、必要なんじゃないかな。
下地となった作品に対しての想いってのは、墓まで持っていく。
その下地を編み込んだ篩で、作品を審美する。
篩にかける際に、いつ出来たから。誰が好きだから。ってのは全く考慮する必要はないでしょうっていう。
まとめ
最近見かける「◯◯」だから嫌い、好きという固着した思考が表に出た発言とかを見て、結構思うところがあって書きました。
簡潔にまとめれば「自分の感性を物を語れ」って話でしたね。
寝ぼけ眼で、脳内を整理せずに書きましたけど、ここまで読んじまったという奇特に感謝を。
どうもありがとうございました。