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面倒くさそうなことを楽しく書くブログ

アニメ、ゲーム、ラノベ、漫画、声優、その他諸々の話題が多いです。

今の日本のアニメ業界って、海外との差がどんどん埋まってね?

 

 

中国産アニメのクオリティが年々レベルアップしている気がする

 

 

どうもお久しぶりです。

今日は珍しく真面目な記事を書きたいと思いましたので、なんだか文体も変わりますがご了承ください。それでは! 

 

はじめに

 

純中国産アニメと言われて、どんなタイトルを思い浮かべるだろうか。

ボクはこの記事をタイトルを書いているのに、ぶっちゃけそんなに思い浮かばないが、一つだけすぐに出てきたタイトルがある。

それが『霊剣山』だ。

 

『霊剣山』は、国王陛下さんという中国の小説家が原作を執筆していて、その発信媒体はウェブ小説だったという。

 

日本では、日中の企業が手を組み、第1期が2016年1月から放送され、2017年には第2期が1月より放送されており、人気と評しても差し支えない。

 

今回はそんな『霊剣山』人気から、日本の同業界が警戒すべきでは無いかと思っていることを、語ってみたいと思う。

 

アニメ業界がどんどんと変遷している

 

 

「教養」としての「アニメ」。

そんな風に扱われる様になってきているのは、毎クールごとに作品が入れ替わる深夜アニメシーンに触れ続けて来ているファンの中では、さほど疑問に思わないかもしれない。

 

テレビ番組のアニソン特集などでも、数年前であれば『アルプスの少女ハイジ』や『ドラえもん』といった絶対的に子供がターゲットとされていた作品たちが大きくラインナップされていたが、現在では『魔法少女まどか☆マギカ』や『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない』などの深夜アニメの楽曲が続々と取り扱われている。

 

こういった傾向から見るに、新聞社が取り扱うほどに、社会的にも、知る人ぞ知る「深夜アニメ」が、知ってないと損な「深夜アニメ」といったものに変化しているようにも思える。

 

そんな変遷が起きているアニメ業界なわけだが、何も扱いが変わっているのは国内だけではない。

 

そう、海外展開である。

 

海外では数十年前、一部愛好家の中での流行りだった「ディズニーやピクサーといった会社が制作しているような子度向けアニメ以外」の大人向けとでも言うべきアニメたちが、4chといった掲示板やSNSなどで、頻繁に話題になっている。

 

性倫理などの観点によって、日本の大人向けアニメたちが海外などの一部では映像に対する規制や販売規制が敷かれているが、それでも日本産深夜アニメBDを求める海外のオタクたちの声は日に日に増している。

 

中国勢が日本のアニメを「爆買い」する事情 | 最新の週刊東洋経済 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

こちらのサイトによれば、日本アニメの三割が外貨に依存しているとのことだ。

どれだけ海外のオタクたちがそれを求めているのかがよく分かると思う。

 

さらに、これによって、日本では海外のオタクの反応を楽しむ動画やサイトが人気を博しており、立派な海外交流の一貫となっていることは確かだ。

 

さぁ、そして、自国でそういったものが流行れば、当然ビジネスの種を血眼になって探している海外のビジネスマンたちは、絶好の機会と飛びつく。

 

これだけ明朗なビジネスモデルというのは、まさに砂漠のオアシスのようなものだからだろう。

 

そして、そのオアシスを作り出す日本が手を染めたもの。

それがオフショアだ。

 

オフショアによって、技術が伝わってしまう

 

ここでいうオフショアは、IT業界でいう人件費などが自国より安い海外の会社などにアウトソーシングするなどして、経費を削減しようとするオフショア開発のオフショアなわけだが、飯の種を探している人間は日本だけでなく、当然中国や韓国、マレーシアなどのアジア諸国にもそういった人々はいる。

 

日本からすれば安く成果物が得られるので、なんともお得なことである。

もちろんオフショアがアニメ業界などで徐々に流行り始めた頃は、見るも耐えないクオリティだったが、最近ではそんな事もあまりなく……いや、勿論無いとは言わないが……とにかく、徐々に安定し始めている。

 

だが、徐々に安定し始め、制作術を吸収した海外の企業が考えることは知るに容易い。

 

自国だけで、自国に受けるものを制作するのである。

そうして相成ったのが最初に説明した『霊剣山』などの、中国産アニメだ。

 

勿論、現在はまだまだ日本アニメ作画、動画、演出技術を比べれば、中国の制作技術というのは、拙いかもしれないが、決して「見れないものではない」。

 

それは『霊剣山』にも色濃く出ており、キャラクターデザインなどは、日本の一昔前の深夜アニメを模倣したように感じるものにはなっているが、作画や動画といった部分に見れなくなるほどの崩れなどは無く、販売に耐えうるものになっている。

 

また、『アイドル事変』などは「bilibili動画」といった動画配信サイトでの広告収入を得ようする動きも見られる。

 

つまり、中国のアニメ業界は、オフショアによって得た知識や技術によって、アニメ産業構造を着々と確立しているように見えるのである。

 

これは日本のアニメ業界にとってひーーーーーじょうにまずいように思える。

 

勿論、制作費がかさまずに済むのはいいことだ。

 

ただでさえ中抜きが横行していると言われる業界で、『けものフレンズ』なんぞ10人で制作したという話である。制作者たちに行き渡る金額が少しでも多くなるように、オフショアという手段を活用するのは仕方のないことかもしれない。

もちろんそれでクオリティが下がってしまうようであれば、それはまた違う話ではあるが。

 

しかし、活用しすぎたせいで、他国の技術力が上がってしまい、それにより自国が自足するようになり、外貨による利益が減ってしまったら元も子も無いからだ。

 

ゲームのオフショア開発

 

現在は中国でこのようなことが起きているが、別に中国に限った話でも無いと思う。

 

というのは、ソーシャルゲームのオフショア開発などでは人件費が極端に安くなるということもあり、インドネシアやマレーシアといった東南アジア諸国のソーシング企業に依頼することがどんどん増えている。

 

アニメとゲームというのは、ほとんどが似た作業、似た座組をとっている。

 

勿論アニメはアニメーター、ゲームはプログラマーといったセクションがあり、その点は違いはあるかもしれないが、それこそ脚本や監督(ディレクター)といったセクションは非常に似ている。

 

つまり、東南アジアの人々がゲームで活躍していたが、アニメを作ってみようとするのも不可能ではないわけだ。

 

そして、その逆も然り。

アニメだけでなく、様々な業界から、日本のエンタメに関する技術が流出しているのは間違いない。

 

どちらがいいか、というのは中々断言できない

 

別に海外産のアニメが、現在の純国産深夜アニメに成り代わり、週の半分が海外産の深夜アニメになってもいいんじゃないかと言われれば、絶対に駄目だということはないと思う。

 

日本の現在アニメ関わっている多数いるクリエイターたちは、海外の企業が産出ということになっても、通訳できる人間がいれば言語は大した壁にはならないかもしれないし、現在の深夜アニメ業界の原作の宣伝のためにという風潮がなくなり、オリジナルアニメが増える可能性もあるだろう。

 

とは書いたものの、日本が制作したアニメというのは、海外では絶対に出せない特有の雰囲気を持っているとボクは思う。

 

例えばジブリの『となりのトトロ』。

この作品なんて、まさしく日本人でなければ分からない侘び寂びや、郷土の文化なんかがたくさん詰まった作品で、まさしく日本文化をよく教えてくれる作品だ。

 

また、美少女ゲームブランドkey原作の『Kanon』などは、1980年代から脈々と受け継がれてきた、日本のオタクの美少女に対する真髄が詰まっている。

これは、日本のオタクが美少女や美少年に並々ならぬ愛を注ぎ続けてきたからこそ出来上がった結晶である。

特に日本独自の「エロゲー文化」から分かる通り、かつては蔑称として使われてたオタクという呼び方に耐え、消費者と創作者の中でだけ通ずるものがあるからこそ発達できたのだ。すでにある程度出来上がった市場が約束されているであろう海外のオタクでは絶対に分からない感覚があると思う。

 

こういった「感覚」や「雰囲気」といったものは、数式や理論では表せない、実に抽象的ものだと思う。

だからこそ、海外の人々では頭を使ったとしても、例え現場取材しても創出しえない、日本の土地で生まれ育ち、日本の文化や習慣に触れてきた日本人だからこそできる能力だと思う。

 

とはいえ、これは海外産のアニメにも同じことが言えると思う。

海外の文化はボクには未知な部分がたくさんあるし、海外のクリエイターがどういった見解で自国の文化を著したアニメを制作するのかは見どころの一つになるだろう。

 

つまり、今後の業界を思えばどちらも放送されやすい、作りやすい状況こそが好ましいと言えるのかもしれない。

 

結論

 

1ファンとして、業界の行末を危惧したが、一番の問題は功績に見合わない報酬。

これに尽きるのかもしれない。

 

要は広告代理店などの不法な中抜きによって、一番売上において重要な制作陣が割を食らっているという話はよく聞く。

 

これを言うとたまに「代理店だって苦労が〜」というが、そもそも制作する人間がいなければ作品が出来上がらず、消費者も作品が無ければお金を落とそうとも思わないのだ。

誰が一番評価されるべきなのかなんて、自明の理のはずだ。

 

願わくば、もっとクリエイターにとって生きやすい業界になってほしい。

それが、企業であれば長期的な利潤に繋がるのだろうし、業界であれば人材の多寡に関わるのだろうから。